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「明晰性・明確性」と発達段階

一般的に、「成人発達理論」について理解をする際、個人の認知構造の発達段階に注意が向きやすいが、実は、人間の成長・発達について考察していくうえで、その他にも重要な要因があることはあまり認識されていない。
即ち、認知構造の発達段階を高めることが最も重要であると――あるいは、そもそも認知構造の発達段階を直接的に高めることが可能であると――錯覚されているのである。
しかし、認知構造の発達とは、個人の精神生活を支える他の様々な要因が熟したところに結果として生じる現象であり、また、「発達段階」とは、それを測定したものに過ぎない。
認知構造が他の心理的な要因とどのような関係にあるのかを問うことなしに、それだけを独立したものとしてとりあげて、その価値を過剰に見積もることは、人間の成長や発達理論に関して大きな誤解をもたらすことになるのである。
その意味では、われわれが心懸けるべきは、認知構造の発達段階に目を向けるだけではなく、それに影響をあたえる他の要因に目を向けることであるといえる。
そして、それらの要因がどのように発達段階に関係しているのかを見極めて、必要に応じて、それらの探求や鍛錬にとりくむことなのである。
Lectica, Inc.の研究者達は、こうしたより包含的な観点から人間の発達に関する研究に従事している(また、そうした発想にもとづいて、段階測定法の開発に従事すると共にそれに立脚した対人支援の方法論を提唱している)。
こうした発想は、発達理論を参考にして、支援活動にとりくんでいこうとする実践者には、非常に参考になるところが多いと思うので、ここでは、Lectica, Inc.の発達段階測定において、認知構造の複雑性と並んで、重要な要素として位置づけられる「明晰性・明確性」(clarity)について簡単に紹介したいと思う

Lectica, Inc.の創設者であるTheo Dawsonによれば、もともとLectica, Inc.として「明晰性・明確性」に着目しはじめたのは、この領域のスキルがわれわれの実務領域におけるパフォーマンスに大きな影響をあたえるという素朴な理由のためという。
効果的・効率的に意思疎通ができることは、われわれが実務の領域において他者と共同作業をしていくうえで必須の条件となることはいうまでもない。
たとえば、非常に優秀な思考力や洞察力を備えているにもかかわらず、そうした能力を発揮してまとめあげたアイデアを他者が理解できるように伝達することができなければ、それはひろい共感を得ることができずに、埋もれてしまうことになるだろう。
実際、こうした事例は無数に存在する。
優秀な研究者が、利害関係者に対して――特にその専門領域に関してそれほど深い知識をもたない関係者に対して――みずからの調査・研究に関して説明することに苦心している光景は、頻繁に目にするものである。
質的に優れた思考や探求ができることにくわえて、それを他者に対して効果的・効率的に表現できることが重要になるのである。
しかし、継続的な調査・研究を進める中でLectica, Inc.の関係者は、「明晰性・明確性」が個人の長期的な成長・発達に影響をあたえることに気づくことになる。
即ち、「明晰性・明確性」のスコアが、われわれの学びの質に影響をあたえることが、そして、その結果として、われわれの生涯にわたる成長・発達の軌道に影響をあたえることが認識されたのである。
曰く:

高い「明晰性・明確性」のスコアは、現在、その人の中に存在する多様な能力(スキル)が高い質をもって互いに結びついていることを意味する。そして、それは、さらなる成長・発達のための堅固な基盤となり、より高次の認知構造が創発するための支えとなる。

こうした洞察から導きだされるのは、「明晰性・明確性」を高めるための具体的な実践にとりくむことが、認知構造の発達段階を高めるために大きな意味をもつことになるということである。
ある意味では、こうした実践は「頭の中を整理する実践」と形容することができるだろう。
それは、たとえばある概念や話題や課題や問題に関するみずからの理解についてあらためて再検討するということである。

「果たしてわたしはそれについて真に理解しているのか……?」
「もしかしたらわたしはそれについて理解していると思い込んでいたに過ぎないのではないか……?」
「この課題・問題について検討するために必要とされる知識をわたしは真に持っているのか?」

こんな問いをみずからに衝きつけながら、あらためて自己の中にある「情報」や「アイデア」や「理解」を精査するのである。
そうした作業を通じて、もしかしたら重要な知識が欠けていることに気づくかもしれない。あるいは、みずからの理解が断片的・表層的であることに気づくかもしれない。
そうした作業を通じて、もしかしたらみずからの主張が矛盾を孕んでいることに気づくかもしれない。その主張を支えるひとつひとつの要素は妥当なものであるが、それらが融合されたときに微妙な論理的な破綻を来していることに気づくのである。
そして、こうした整理をすることが、さらなる学びに向けてわれわれを後押しすることになるのである。

尚、Lectica, Inc.では「明晰性・明確性」を下記の4つの要素に整理している。

論理的一貫性(logical coherence):これは、主張を展開するさいに、それが論理的に整合性のあるものとなるように留意をしながら言葉を紡いでいく能力である。たとえば、論理的に飛躍や矛盾があれば、それを認識して、そこに必要な修正をくわえていく能力がそれにあたるだろう。あるいは、自己の主張を支える複数の概念を緊密に絡め合わせる能力も重要になるだろう。複数の思想家や理論家の概念を組み合わせて物語を構築しているときに、世界に存在するあまたの概念の中でそれらの概念を選択した論理的根拠はどのようなものなのか? また、そのようにして選択された概念は互いに有機的に関連付けられているのか? また、その意思疎通行為において、真に要となることを見極めて、無駄な言葉を排して、それを効率的に語ることも、この領域の重要な能力(スキル)のひとつといえるだろう。その物語を語るときに真に必要なことは何であり、また、そうでないことは何であるのかを見極めることは、その意思疎通行為の質に影響することになる。

明瞭な意思疎通(clear communication):いうまでもなく、意思疎通とは他者に向けた行為であり、それは他者に対する慮りに支えられたものである必要がある。換言すれば、それは、「言いたいことを言いたいように言うこと」ではなく、あいての感性や関心や状態や能力を考慮して、あいてが受け留めることができるように言葉を意図的に紡いでいくということだ。そのためには、難解な専門用語を排したり、重要概念を定義したり、あるいは、過剰な反復を避けたり、必要な反復を用いたりすることが必要になるだろう。また、概念的な説明と物語的な逸話を適切に交えることも求められるだろう。

説得性(persuasiveness):みずからの主張を説得力のあるものとするために、われわれは、みずからがそのように発想・思考する根拠を示すことを求められる。それは、自己の体験の中で獲得された真実を示すことであるかもしれないし、また、関連する調査や研究を引用することかもしれない。いずれにしても、意思疎通行為において、われわれは単に言いたいことを言いたいように言うだけでなく、それを支える証拠や根拠を示すことを求められるのである。
また、そのときに、われわれはまたみずからが紹介する情報を精査して、真に信頼にあたいするものを見極めて示すように求められることになる。いうまでもなく、「情報」とは、本質的に、人間が意図的に事実を加工したものである。その意味では、あらゆる情報とは恣意的であり、断片的であり、歪曲的なものなのである。主張の説得性とは、こうしたことを認識したうえで、発話者がいかに自己の証拠や根拠を的確に活用できるかに依存することになる。

フレイミング(framing):これは、みずからの主張を支えている思想的・理論的な立場や枠組について意識的になり、また、それをあいてに明確に示すことである。ひとつひとつの概念を明確に定義するだけでなく、それらの概念を用いて展開されている物語そのものがどのような思想的・理論的な立場や枠組に立脚しているのかを示すのである。
また、ひとつの意思疎通行為の中でわれわれはしばしば異なる思想的・理論的な立場や枠組の間を行き来することになる。たとえば、人間の心について議論をしていても、発達理論の枠組をとおして語るだけでなく、深層心理学の枠組をとおして語ることあるだろう。そうしたときに求められるのは、枠組間の移動を無意識的にするのではなく、それを意識的にすることであり、また、そのことをあいてが認識できるように配慮することである。また、ひとつの枠組に立脚して主張をしているときには、その枠組に自己の視点をしっかりとコミットさせることが重要になる。いかなる枠組に立脚して表現をしているのかということがあいまいであると、あいては混乱を来してしまうことになるのである。

このように眺めてみると、「明晰性・明確性」(clarity)という言葉でLectica, Inc.が意味しているのが、それほど特殊なことではないことが推察されるだろう。
ある意味では、一般的な「コミュニケーション・トレイニング」で言及されていることと同じようなことにも思えるだろう。
ただし、ここでひとつ留意しておくべきことがある。
それは、人間が成長・発達して認知構造が複雑化していくと、この「明晰性・明確性」を高めていくことがいっそう重要になるということであり、また、いっそう困難になるということだ。
とりわけ、現代の流動化する社会状況の中で、高い難易度の課題や問題に対処するために、日々あらたな能力を習得して実践することを求められているような第一線で活躍するプロフェッショナル達にとっては、これは決して容易なことではないだろう。
次々とあらたな能力(スキル)を開発することを求められる状態において、それらの能力(スキル)は往々にして自己の中で緊密に結び合わされることなく断片化したままになりがちである。
膨大に収集された知識や洞察や能力が、却って自己のパフォーマンスを下げることになる可能性さえあるのである。
また、日々、グローバルな文脈で仕事をする者にとり、第一言語ではなく、第二言語で自己表現するときに果たしてどれくらい「明晰性・明確性」を維持した表現ができるかということは非常に重要な問題となる。これが決して容易に克服できるものでないことは明らかだろう。
端的に言えば、重要なことは、単純にコミュニケーション関連のスキルを習得することではなく、それぞれの文脈で必要とされる多様な能力(スキル)を現在進行形で習得しながら、その実践において、こうした「明晰性・明確性」に関する能力(スキル)を適用していくことなのである。
そうした意味では、Lectica, Inc.の関係者が指摘するように、「明晰性・明確性」に関する能力(スキル)とは、自己の独自の文脈を踏まえながら、生涯に渡って意識的に開発されるべきものなのである。

尚、Lectica, Inc.の発達段階測定は、下記の組織を通して受験することができる。非常に有益な洞察が得られるので、御興味のある方は是非御検討いただきたい。

一般社団法人Integral Vision & Practice(IVAP)
https://integral.or.jp/

参考資料:Theo Dawson (2021). Clarity Skills Unpacked. https://theo-dawson.medium.com/clarity-unpacked-a7dd42461440

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